まずはAmazonさんの紹介ページから。
奇想ここに極まれり――
本格ミステリの玉手箱!
戦争末期、帝國陸軍の研究所で、若い兵士が頭から血を流して倒れていた。
屍体の周りの床には、なぜか豆腐の欠片が散らばっていた。
どう見てもこの兵士は豆腐の角に頭をぶつけて死んだようにしか見えないないのだが……
前代未聞の密室殺人の真相は!? ユーモア&本格満載、おなじみ猫丸先輩シリーズ作品も
収録のぜいたくなミステリ・バラエティ!
以下、まあまあのネタバレ。
全体の感想として、倉知先生の作品群の中では異色揃いの作品集という印象です。
まず、『星降り山荘の殺人」のような、ロジックによる本格ミステリという点で、
本作にいわゆる犯人当て(あるいは事件→犯人逮捕という道程)はほとんどありません。
確かにユーモア&本格ミステリ、と謳ってますから、ある意味では正しいのかもしれません。
特に表題作はこれが最も顕現している作品で、
誰もがこんな解決では、飯塚二等兵が作品中で言っているように納得するはずがない。
しかし、戦争末期で、まさに日本軍が切迫している状況という中で、こんな怪しげな実験。
さらに、スパイ狩りの特殊諜報機関の軍人までも、こんな辺境な地までやってくるという、
いや、凄まじい状況ですね・・・
しかし、刀根少佐は影浦二等兵が本当にスパイだと核心していたのか、というのは、
飯塚二等兵が最後に想像するように、それだけ焦っている証左なのでしょう。
刀根少佐は、自分の推理を信じさせるために、豆腐を置いたのでしょうかねえ。
私は、豆腐の角に頭をぶつけて死んでしまった本当の事件を描かれるのかと思って
いたので(笑)その点は残念なのですが、戦争末期という特殊状況下における殺人事件、
そう考えると色々と考えさせられますね。
「変奏曲・ABCの殺人」は、クリスティの「ABC殺人事件」へのオマージュ。
しかし「C」が足りないから、まず自分でやるという思考はすごい。
本作で描かれた「ABC」は確かにありえそうですね。
もっともうまくA→Bと繋がるのかが一番の課題でしょうが。
ラストの段田の台詞が秀逸。
「社内偏愛」は現在のIT、AI、特にコロナ禍におけるそうした技術革新が進化、さらに
各界で求められる中で、描かれたかのような作品。
微妙なバグを入れるというのがまた良いですね。
結局全てITやAIでは解決できないんだろうな。
対人面接では明らかにマズイ理由「顔が気に入らない」は、AIでも認められないでしょう(笑
「薬味と甘味の殺人現場」は、ケーキとネギが殺人現場にあるという不可解な事件。
これ語られる推理は、犯人の自白がないからわかりませんが、むちゃくちゃ納得
してしまいました。
中本警部が「常軌を逸している」と評したこの推理。倉知さんは現実社会における
異常な事件を見て、こうした作品を描いたのかな、とも思いました。
実際、現実社会でも相当「常軌を逸している」事件が多いですからね・・・
「夜を見る猫」は、現実社会の8050問題や、年金不正受給を絡めた中で、
猫の能力というか、不思議さも描いた作品。
作品集の中で、事件が見事に解決するのは本作だけですね。
猫が飼いたくなりますねえ。
最終話「猫丸先輩の出張」。
久々に登場した猫丸先輩。しかし、本作の猫丸はこれまでとはひと味違います。
これまでの猫丸は「猫丸先輩の推測」「猫丸先輩の空論」と、実は多重解決に近い
作品群が多いのではないかと思います。
最初の作品集『日曜の夜は出たくない』でも、最後に描かれた真相とは、
別の真相を浮かび上がらせる手法がとられました。
つまり、猫丸先輩の推理=真相、という訳ではない。
しかし、本作では猫丸先輩の推理以外、真相は考えられないのではないかと思いました。
むろん犯人の自白はない、そして私が思うだけで、読まれた方は他の真相を思いついた方も
いらっしゃるかもしれません。
ただ、状況的になあ・・・これ以外あり得るのか?
ちなみ次の猫丸先輩の活躍はすでに刊行済みで、そのタイトルは「猫丸先輩の妄言」(笑)
早く文庫化してほしい!!
その意味で最初に書いたように、本短編集は異色だなあと思いました。
倉知作品として異色と感じますが、だからといってつまらない訳では全然ありません。
それぞれの作風も違いますし、良短編集。流石ですね。