2022年10月29日

探偵は友人ではない

まずはAmazonさんの紹介ページから。

わたし、海砂真史(うみすなまふみ)の幼馴染み・鳥飼歩(とりかいあゆむ)はなぜか
中学校に通っておらず、頭は切れるが自由気儘な性格で、素直じゃない。
でも、奇妙な謎に遭遇して困ったわたしがお菓子を持って訪ねていくと、
話を聞くだけで解決してくれた。彼は変人だけど、頼りになる名探偵なのだ。
歩の元に次々と新たな謎――洋菓子店の暗号クイズや美術室での奇妙な出来事――を
持ち込む日々のなかで、ふと思う。依頼人と探偵として繋がっているわたしたちは、友人とは言えない。だけど、わたしは謎がなくても歩に会いたいし、友人以上に大切に思っているのに……。
札幌を舞台に贈る、青春ミステリ第2弾!

日常の謎&青春ミステリの第2弾。
本作では、真史と歩の仲、そして歩の友人・鹿取の妹である彩香の登場で、
青春小説にぐっと寄った印象です。

特に彩香の出した謎(「第二話 正解にはほど遠い」)は、明らかに歩への好意を、
歩にしかわからない方法で示すという、彼にとって実に実に、答えにくい難問が示されます。

タイトルの問題は、「第四話 for you」で一応の解決をみるものの、
この最終話、話の中で出された謎が1つ残ったまま終わるという、中々面白い作品になってます。

歩の行動の謎は、この話だけ探偵役となる真史が解き明かすも、
そもそも真史が歩へ相談した謎は、そのまま。ラストでわかったから教えるというセリフが
出てきますが、真実は語られず。

さらに本書では「第三話 作者不詳」も、柳先生の沖縄の謎は実は解き明かされていない。
この話、学園モノとしてよく出来ているなあと思ったのですが、柳先生自体の謎は不明のまま。

「第一話 ロール・プレイ」が個人的にはあまりわからなかったなあ。
いや、自分の理解度が足りてないのだと思いますが。

全体を通して、前作が真史とその親友達との話で、そこに歩が介在していたものが、
本作では親友達は登場するものの、真史と歩、そして新キャラ・彩香の関係
とはいえ、彩香の思う関係と真史の思う関係はまるで違うという、そこの面白さもあります。

さて第3弾は如何なる方向に向かうのか、楽しみです。


探偵は友人ではない (創元推理文庫)

探偵は友人ではない (創元推理文庫)

  • 作者: 川澄 浩平
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2022/09/20
  • メディア: 文庫



posted by コースケ at 17:21| Comment(1) | 川澄浩平 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年10月19日

Iの悲劇

まずはAmazonさんの紹介ページから。

Iターンプロジェクト担当公務員が直面するのは、
過疎地のリアルと、風変わりな「謎」――。

無人になって6年が過ぎた山間の集落・簑石を
再生させるプロジェクトが、市長の肝いりで始動した。

市役所の「甦り課」で移住者たちの支援を担当することになった万願寺だが、
課長の西野も新人の観山もやる気なし。

しかも、公募で集まってきた定住希望者たちは、
次々とトラブルに見舞われ、
一人また一人と簑石を去って行き……。

直木賞作家・米澤穂信がおくる極上のミステリ悲喜劇。




本書は小説であり、フィクションです。
しかし、本書のテーマとなっているIターンは現実に各自治体が
積極的に行っていることなんだろうと思います。
そして、それが上手くいっているのか、どうか。
本書で描かれる簑石と似たような状況、再び無人地になるようなところばかり
なのではないか、と想像してしまいました。

本書ラストである人物が
「集落が無人になるなら、これは夢のような出来事だよ。その地域への支出をほぼすべて
 停められるんだからね。」
このセリフは、これからの日本社会を現しているのだろうと。

これからの日本は人口減社会になっていきます。
行政インフラ・生活インフラをどう維持していくのかが死活問題になります。
そして現在過疎地と行政から指定されている箇所は、次々と本作の簑石のように
無人地になっていく可能性が高いでしょう。

そのような状況になっていく時、この南はかま市と同じようにIターンをやるのか、
それとも、都市に人々を集中させるのか。
インフラ・予算をどう活かすのか、真剣に考える時期はもう来ているのではないか、と。
暗澹たる気分になりますね・・・
小説なのに、極めてリアルな現実を突きつけられている、そんな小説なのです。
それが一番出ているのが「第五章 深い沼」。
この話、事件は起こりません。
簑石の状況を市長へ報告と、簑石の除雪問題のみ。
しかし、彼とその弟との電話越しの論争は読ませますね・・・

「棄民だ」と万願寺は言います。
日本社会でそれにはならないでしょうが、これからどうなるのか・・・


そんな現代の問題とは離れて、ミステリ小説の側面を。
主人公である万願寺の詳しい報告書を読んで、西野課長が安楽椅子探偵ばりの
推理を魅せる第1話。これはそういうコンビものかとふと思いました。

万願寺は学生気分が抜けないとみる観山(後に認識を少し改めますが)は、
どこか掴めない人間だなという印象。

しかし、この二人が・・・というのが仕掛けの1つ。
ただ、ご本人たちも認めているように「白い仏」はやりすぎですねえ。
一瞬、ご本尊を移動させた事によるものかと信じそうでした。

それ以外は実に上手い(移住者の方には失礼ですが)。
上手く種を蒔いています。西野課長より観山さんの方がさりげなく実に上手い。
さすが米澤先生で、上手く仕掛けを隠しています。

しかし本書の続編は難しいだろうなあ。


ところで、『○○の悲劇』というタイトルですが、当然ながら
これはドルリー・レーン4部作『Xの悲劇』『Yの悲劇』『Zの悲劇』『レーン最後の事件』
からの本歌取りなのは言わずもがな、だと思います。
しかし、当然分からない人も居るんだろうと。
なので、この作品を手に取った方には、是非とも古典的傑作を手にとって貰いたいですね。
最近『Yの悲劇』も創元推理文庫から再び刊行されましたので。
(購入済みです)



Iの悲劇 (文春文庫)

Iの悲劇 (文春文庫)

  • 作者: 米澤 穂信
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2022/09/01
  • メディア: Kindle版




posted by コースケ at 21:46| Comment(6) | 米澤穂信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年10月06日

透明人間は密室に潜む

まずはAmazonさんの紹介ページから。

透明人間が事件を起こしたら?
アイドルオタクが裁判員裁判に直面したら?
犯行現場の音を細かく聞いてみたら?
ミステリイベント中のクルーズ船で参加者の拉致監禁事件が起こったら?
阿津川辰海の傑作短編集がついに文庫化。
波に乗る著者が放つ高密度の本格ミステリ!読めばファン確定。驚嘆必至、必読の一冊!


「名探偵とは」という名探偵論を展開した「紅蓮館」「蒼海館」。
個人的に後者については、拙ブログでも色々批判しましたが、
本短編集は傑作です。

どの作品にも、2つの仕掛けが施されていて、
特に表題作と「盗聴された殺人」の2作品は、甲乙付けがたい、傑作だと思います。

前者は、特殊状況下における殺人という設定ですが、これが実はそこまで特殊でない、
というのが面白い。
最初に人の透明人間病について説明があり、現在それの薬や治療法が開発されている
という状況。
内藤彩子は、この透明人間病の特効薬を開発中の人物を殺しにいくという、
倒叙ミステリですね。
とにかく透明人間だからといっても、物質を持てばそれが浮いている状態になり、
何かが飛び散れば、それも浮いているように見えてしまう。
つまり、透明だからといって、殺人やら窃盗やらが簡単にできる訳がない。
本作で描かれる透明人間病は、そういうもののようです。

透明人間が密室のどこに隠れたのか??これは案外とすぐわかるのではないかと
思います。
しかし、そこからが本作の真骨頂。なぜ「彩子」が特効薬開発者の川路教授を殺害しなければ
ならなかったのか、この謎が見事です。
ところで、参考文献に引かれている「ジョジョ」は、透明の赤ちゃんですかね。

後者、「盗聴された殺人」も、特殊能力を持つ人物と探偵とのコンビが挑む事件。
異常なまでに聴力が良い山口美々香と、探偵事務所所長の大野糺が主人公。
これも特殊能力が活かされつつも、実は犯人当て小説、読者への挑戦状になっている
ところが大仕掛けであり、読み応え抜群でした。
このコンビ、『録音された誘拐』という長編に登場しているとのことで、
こちらも楽しみです。

「六人の熱狂する日本人」はオチは読めるものの、これは現実にあり得る話だなと(笑
あり得るというのは、選ばれた裁判員全員が、同じアイドルのファンであるということで、
6人で1つの事件から、これまでまるで違う真相(?)を探り出すのはまあ、ないでしょう(笑
この作品の凄いところは、アイドルオタク・ファンのそれぞれの行動が、事件の真相に
迫っていく作りになっているところ。何を聞かされているのかという判事と判事補を
尻目に、別の真相が浮かび上がってくるエキセントリックな過程は、ある意味凄い。

「第13号船室からの脱出」。これもまたオチが見えているものの、
脱出ゲームで出される謎解きについては、極めてレベルが高く、どんでん返しも
面白く読めました。
ただなんというか、メイン登場人物3人がちょっとなあという。個人的に好きになれなかった。

帯に記された○○で何位!とかは完全スルーですが、
これだけ別視点から、高度なミステリを集めた短編集は中々ないでしょう。
ぜひ一読をお勧めします。




透明人間は密室に潜む (光文社文庫)

透明人間は密室に潜む (光文社文庫)

  • 作者: 阿津川 辰海
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2022/09/13
  • メディア: Kindle版




posted by コースケ at 21:53| Comment(8) | 阿津川辰海 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年10月02日

新シャーロック・ホームズの冒険

まずはAmazonさんの紹介ページから。

今度はトリオで謎解き!?

知念実希人さん絶賛!
「誰もが愛した名探偵が霧のロンドンに戻ってきた!
二人の活躍を堪能できる喜びに打ち震えた」

世界中で愛されるシャーロック・ホームズシリーズに新たなパスティーシュ作品が登場!
小説家の創作ノートから本物の殺人事件が生まれ。ホームズが難事件に挑む!

初老の男が服毒による変死を遂げたと新聞で報じられた朝、三十代前半の女性が
ベイカー街221Bへホームズを訪ねてくる。彼女はアビゲイル・ムーンと名乗り、
ダミアン・コリンボーンなる男性の筆名で探偵小説を書いている。
コリンボーンといえば、相棒ワトスンの本棚にも作品が置いてあるほどの売れっ子作家だ。
依頼の内容は、「真犯人に被害者と犯行の手口を盗まれた、自分の無実を証明してほしい」。
彼女は次作に向けてストーリーの構想を練っているところだったが、
昨日ヴォクスホール公園で死んだ男は、被害者として自分が選んだ人物だった。
なぜ変死事件は起きたのか?ホームズとワトスンは調査に乗り出すが……。


新たなホームズパスティーシュが登場しました。
本シリーズ、すでに新作2作は刊行予定とのこと。これは楽しみです。

ホームズを探偵役とした作品群については、これまでも若干私見を書いてきましたが、
本作は、コナン・ドイル財団公認の『絹の家』や『芸術家の血』『眠らぬ亡霊』、
これらの作品よりも遙かにホームズ探偵譚で、本当に楽しめました。

ホームズを探偵とする以上、やはり事件も「聖典」に近い作風・筆致になるのが
妥当なのではないか、と個人的に思います。
もう古典的名作になってしまっているかもしれませんが、
ジューン トムスンの『シャーロック・ホームズの秘密ファイル』から始まるパスティーシュ
は素晴らしかったです。また新たにホームズとワトソンの冒険が読めるとは、と。

先に挙げた3作品は、事件の内容やホームズの過去に迫る手法が、私としては
それは違うのではないか、と思っています。ミステリとして優れているかどうかはともかく、
ホームズ冒険譚としては違うだろうと。

今回、この作品、何の事前情報もなく読んだのですが、見事にホームズ冒険譚だなと。
長編『ボスコム渓谷の惨劇』を彷彿とさせる後半などは見事です。

前半はホームズの捜査とワトソンの捜査(?)で読ませつつ、
ホームズ伝記作家の地位を脅かされるアビゲイル・ムーンとの対決(?)もそこかしこに。
とはいえ、後者はワトソンの杞憂でしかなく、訳者あとがきや解説で述べられているよう、
アビゲイル・ムーンの苦悩は、当時の女性の地位を考えるという意味で、興味深かったです。
ヴィクトリア朝の女性がどう生きていくのか、中々考えさせられます。

「聖典」にも優れた女性が数多く登場しますが(ヴァイオレット嬢とか)、
彼女たちが就いている職業は、確かに女性のみというものなのでしょう。

アビゲイル・ムーンはある種果敢にそこに挑戦しようとした、とも読めますが、
彼女の物語からの退場は悲しい場面でした。

事件の謎は、被害者がどう毒を飲まされたのか、そして彼の持っていたメモは何か、の2点。
とにかくホームズ探偵術で解かれていく事件の真相をただただ楽しんでほしいです。
ただ1点。このタイトルはそれ以上に訳しようがなかったのですかね。
原題は何だったか・・・


新シャーロック・ホームズの冒険 (角川文庫)

新シャーロック・ホームズの冒険 (角川文庫)

  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2022/08/24
  • メディア: 文庫




posted by コースケ at 12:08| Comment(9) | シャーロック・ホームズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする