昭和12年(1937年)5月、銀座で似顔絵描きをしながら漫画家になる夢を追いかける
那珂一兵のもとを、帝国新報(のちの夕刊サン)の女性記者が訪ねてくる。
開催中の名古屋汎太平洋平和博覧会の取材に同行して挿絵を描いてほしいというのだ。
取材の最中、名古屋にいた女性の足だけが東京で発見されたとの知らせが届く。
二都市にまたがる不可解な謎に、那珂少年はどんな推理を巡らせるのか?
ミステリ界で話題となった『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』の前日譚が、
待望の文庫化!
またまた久しぶりの更新です。
本作は辻御大の「昭和ミステリ」第1弾。
ミステリ、探偵小説という枠組みにはとても捉えきれない、
当時の名古屋、さらには風俗、情景、さらには森下雨村など実在の人物名も登場するなど、
昭和初期という時代を振り返る小説にもなっていると思います。
風景描写も見事ですし、甘粕事件など実際の事件も織り込んでいて、これもまた見事。
以下、少しネタバレ。
まず主人公の那珂一兵。彼が辻作品常連の探偵役とは恥ずかしながら知りませんでした。
ポテト&スーパー、迷犬ルパンなどは存じ上げておりましたが、勉強不足です。
起こる事件は極めて凄惨です。
切断された足だけが見つかるという残忍な事件。
それ以降、杏蓮の遺体(?)も発見されず、彼女のパトロンである崔桑炎の元に
刑事が訪れ、そこで那珂や瑠璃子は事件を知る事になります。
事件の謎解きより、博覧会内部の説明の方が圧倒的に多いのですが、
それこそが事件の鍵を握っている訳です。
宗像伯爵より、探偵役を仰せ付けられた那珂一兵は、見事にその役を果たします。
このトリック、アリバイ崩しになるわけですが、結構壮大なトリックが使われてます。
当時の東京ー名古屋間の移動、館に仕掛けられた(当時の最新技術を用いた)罠など、
はっきり言って、80歳を超えた辻先生が書かれているとは到底思えません。
いや、素晴らしいの一言ですね。
日付や場所の誤認だけでなく、実はそこにトリックを見破るポイントがあったという、
(東京音頭のくだりですね)ここもよかった。
老練な宗像伯爵が、若き名探偵を助けるところも良いんですよね。
宗像伯爵による満州行きを反対する描写、崔氏と那珂少年との別れ。
これから始まるであろう、戦争を惹起させる描写がそこはかとなく
描かれているところも余韻が残ります。
解説で紹介されている、今はもう手に入れる事の出来ない辻作品の復刊を期待!
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