2024年03月23日

網走発遥かなり 完全改訂版

まずはAmazonさんの紹介ページから。

東京郊外の高級住宅が並ぶ丘の上を毎日観察する老人の狙いは何か?
また都心のデパートや地下街に出没するピエロの正体は?
そして江戸川乱歩の古い写真を持つ老女の素顔とは?
現代の東京に表出した奇妙な出来事はやがて四十年前の雪の北海道で
起きた惨事の謎解きに結集する。
著者が周到に企みをほどこした驚異の野心作を改訂完全版として新装復刊、
著者による巻末解説も収録。

2024年春公開予定映画『乱歩の幻影』を収録。
江戸川乱歩の知られざる秘密に迫る「乱歩の幻影」。
島田荘司のリアルな体験から発想された名作がついに映像化!
出演 結城モエ 高橋克典 山口大地 嘉島陸 小貫莉奈 高橋努 加藤雅也(友情出演) 常盤貴子
原作・脚本・音楽 島田荘司
監督・プロデュース 秋山純


島田御大に、こんな傑作があるとは知りませんでした。
連作短編集、あるいは壮大な長編。
1組の「夫婦」が全編においてキーワードになりますが、
最初の「丘の上」は当時のバブル崩壊後という世相を色濃く反映させつつ、
奇妙な行動を取る隣家の老人と、丘の下に住む住民の葛藤と邂逅を描く作品。

ここから果たしてどう連作短編となるのか、まるで想像がつきませんでした。
「化石の街」は、東京の中心に眠る「宝探し」が核となる物語。
やはり奇妙なピエロが登場しますが、最後には主人公がピエロになるというのは
実に皮肉が効いている。
そして、老紳士が登場。主人公の名前は里美。

圧巻は「乱歩の幻影」。島田先生の「完全改訂版に寄せて」に拠ると、
ほとんどノンフィクションとのこと。
主人公の里美へ老婆が「あんたには崩せないよ、壁」という言葉の
なんとおどろおどろしい、恐ろしいことか。
その場面を想像するだけでゾクゾクします。
(種を明かせばなんてことはないのですが、ここはものすごく印象に残りました。)

そして里美(島田先生)がいかに乱歩に惹かれていたのかも、実によくわかる一編。
いや、島田先生だけでなく、「少年探偵団」による明智小五郎、江戸川乱歩は
当時の少年少女の関心を一心に集めていたのでしょう。

過日、別冊太陽で『横溝正史』が発売されたのですが、その1年前に
『江戸川乱歩』が発売しているのです。
これ、2冊続けて読むのがお勧めです。

閑話休題。
最終話が表題作ですが、「完全改訂版に寄せて」によると、本編が一番最初に
書かれた作品とのこと!
初めから連作短編を意識していたわけではないのです。
そして本編は御手洗潔シリーズを彷彿とさせる、実に奇妙な密室・消失事件。
犯人が予想しえなかった事態が、より事件を複雑化しているところも面白い。

1組の「夫婦」の足跡と、(読者にとっては)そこに乱歩の幻影を見つつ、
物語は幕を閉じます。

御手洗潔シリーズを思い起こす「丘の上」の老人や「化石の街」のピエロや老紳士の
奇妙な行動。本格ミステリの「網走発遥かなり」、ノンフィクションかつ江戸川乱歩
の幻影を追う表題作。
いずれをとっても傑作です。


網走発遙かなり 改訂完全版 (講談社文庫)

網走発遙かなり 改訂完全版 (講談社文庫)

  • 作者: 島田荘司
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2024/01/16
  • メディア: Kindle版






江戸川乱歩: 日本探偵小説の父 (305;305) (別冊太陽)

江戸川乱歩: 日本探偵小説の父 (305;305) (別冊太陽)

  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2023/02/27
  • メディア: ムック



探偵小説の鬼 横溝正史: 謎の骨格にロマンの衣を着せて (313;313) (別冊太陽)

探偵小説の鬼 横溝正史: 謎の骨格にロマンの衣を着せて (313;313) (別冊太陽)

  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2024/03/13
  • メディア: ムック






posted by コースケ at 00:46| Comment(1) | 島田荘司 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年05月14日

御手洗潔のメロディ

まずはAmazonさんの紹介ページから。

何度も壊されるレストランの便器と、高名な声楽家が捜し求める美女。
無関係としか思えない2つの出来事の間に御手洗潔が存在する時、見えない線が光り始める。
御手洗の奇人ぶり天才ぶりが際だつ「IgE」のほか、大学時代の危険な事件「ボストン幽霊絵画事件」
など、名探偵の過去と現在をつなぐ4つの傑作短編を収録。


短編集第3弾。
前作、前々作とはかなり趣向が変わっています。
どちらかというと、『御手洗潔と進々堂珈琲』シリーズにやや近い短編集でしょうか。

「ボストン幽霊絵画事件」は、今までの奇人・変人ぶりから、天才への道程を
描く先駆け的なものでしょうか。だからといって事件の謎は非常におもしろい。


とはいえ、やはり「IgE」は群を抜いています。奇人・変人ぶりは健在で、
まるで繋がりの見えない2つの事件、これを見事に看破する御手洗の大活躍が
素晴らしい。そして、このタイトルの付け方がまた秀逸です。

ノンミステリ2編が含まれますが、この「IgE」を目当てに購入しても、
まったく損はありません。
作品、普通に読んでもまず解けません(笑)いや、普通じゃなくても解けないか。
便器が何度も壊される、などという謎から、壮大な大事件への繋ぎは
素晴らしいの一言に尽きます。

御手洗短編集、「挨拶」から「メロディ」まで今もまだ文庫で新品を購入
することができるというのは本当に有り難い。
他の長編作品もお願いできませんかねえ、講談社様。


御手洗潔のメロディ (講談社文庫)

御手洗潔のメロディ (講談社文庫)

  • 作者: 島田荘司
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2014/10/31
  • メディア: Kindle版




posted by コースケ at 21:57| Comment(1) | 島田荘司 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年01月29日

御手洗潔のダンス

まずはAmazonさんの紹介ページから。

人間は空を飛べるはずだ、と日頃主張していた幻想画家が、4階にあるアトリエから奇声と共に姿を消した。そして4日目、彼は地上20メートルの電線上で死体となっていた。しかも黒い背広姿、両腕を大きく拡げ、まさに空飛ぶポーズで! 画家に何が起きたのか? 名探偵・御手洗潔が奇想の中で躍動する快作ぞろいの短編集。

またまた間隔が空いてしまいました。


『挨拶』に続く第2弾。
こちらも良作揃いです。

「山高帽のイカロス」は、犯人にとっても予想外な事が起き、
まさに被害者が「浮遊した」「飛行した」とした思えない状況に。

より面白いのは「舞踏病」。
自宅の2階の下宿人が、どうやら「狐つき」らしい・・・
そんな奇妙な謎を持ってこられて、うごかないはずがない!

本作では、御手洗の医療に関する考えなども伺う事ができ、
後々の天才御手洗潔(この時点で天才ですが)の片鱗を垣間見ることが出来ます。

トリックの面白さならば「ある騎士の物語」。かつて藤原宰太郎さんの、
『世界の名探偵50人』とその続編を読んだことがあるのですが、
そこにバッチリと、この事件のトリックがネタバレされてました(苦笑
当時はまだ小学生くらいで、御手洗シリーズを読んでいませんでしたので、
余り気にしませんでしたが、改めて読んで見て、ああ、そういえばと思い出しました。

エキセントリックな言動とともに、極めて不可思議、奇妙な事件を解き明かすのが、
やはり御手洗潔だなあと、改めて思いました。
落ち着いた御手洗より、やはり好きですね。




御手洗潔のダンス (講談社文庫)

御手洗潔のダンス (講談社文庫)

  • 作者: 島田荘司
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2014/10/31
  • メディア: Kindle版








世界の名探偵50人―あなたの頭脳に挑戦する 推理と知能のトリック・パズ (ワニ文庫 A- 20)

世界の名探偵50人―あなたの頭脳に挑戦する 推理と知能のトリック・パズ (ワニ文庫 A- 20)

  • 作者: 藤原 宰太郎
  • 出版社/メーカー: ベストセラーズ
  • 発売日: 1984/01/01
  • メディア: 文庫




続 世界の名探偵50人―知的興奮をもう一度 推理と知能のトリック・パズル (ワニ文庫)

続 世界の名探偵50人―知的興奮をもう一度 推理と知能のトリック・パズル (ワニ文庫)

  • 作者: 藤原 宰太郎
  • 出版社/メーカー: ベストセラーズ
  • 発売日: 1993/12/01
  • メディア: 文庫
posted by コースケ at 19:00| Comment(5) | 島田荘司 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月11日

御手洗潔の挨拶

まずはAmazonさんの紹介ページから。

嵐の夜、マンションの11階から姿を消した男が、13分後、走る電車に飛びこんで死ぬ。
しかし全力疾走しても辿りつけない距離で、その首には絞殺の痕もついていた。
男は殺されるために謎の移動をしたのか?
奇想天外にして巧妙なトリックを秘めた4つの事件に名探偵・御手洗潔が挑む短編集第1弾。


長編に続いて、短編集も再読を始めました。
こちらは新装版などは出ていないので、「挨拶」「ダンス」「メロディ」と
改めて購入しました。
というか、昔読んだのはブックオフで購入していたようで、どうせなら新品を買おうと
思いまして。ブックオフで購入したのはブックオフに売りました(笑


本書所収作で、何を愁眉と挙げれば良いのか、はっきり言って非常に難しい。

エキセントリックな御手洗という点でいえば、「疾走する死者」でしょう。
チック・コリアのライブがあるから事件を解決して、警察から解放されるという(笑
ギターの凄まじい腕前も魅せられるし、また語り手が石岡くんではないので、
その点からも面白いのですよね。御手洗潔の風貌や雰囲気、行動などなど、
相変わらず何なんだ、この人は?という。

石岡語り手で御手洗の脅威の推理力を見せ付けられる「ギリシャの犬」。
この作品は、タコ焼き屋に残されていた紙きれ。これが圧巻です。
そして、最後にタコ焼き屋が無くなった理由をも解き明かす御手洗の名推理。

ワトソンのような語り口で始まる「数字錠」。
この語り口調で始まるのならば、よほど奇妙な事件なのだろうと思うのですが・・・
この作品、御手洗の優しさというか、性格の一面が非常に出てますよね。
これを短編集第1作の最初に持ってくるというのが、素晴らしい。

で、私が一番好きなのは「紫電改研究保存会」。
いや、これは何度も読みました。これも第三者視点からの語りで、
関根という人物が体験した非常に奇妙な体験。
この謎を解き明かすのが同じバーに居た、御手洗潔。

関根が尾崎善吉の話の代金ではした金をくれてやる、というのと、
御手洗の名刺をみて大笑いするところが最高です。

何度読んでもやはり面白い。


御手洗潔の挨拶 (講談社文庫)

御手洗潔の挨拶 (講談社文庫)

  • 作者: 島田荘司
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2014/10/31
  • メディア: Kindle版



posted by コースケ at 20:44| Comment(9) | 島田荘司 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月07日

改訂完全版 暗闇坂の人喰いの木

まずはAmazonさんの紹介ページから。

さらし首の名所だった「暗闇坂」にそそり立つ樹齢二千年の大楠。
この巨木が次々に人間を呑み込んだのか。近寄る人間たちを狂気に駆り立てる大楠の謎とは。
とうてい信じられない怪事件に名探偵・御手洗潔が敢然と挑む。しかしながら真相に迫る
御手洗も恐怖にふるえるほど、事件は凄惨を極めるものだった。
本格ミステリーの巨匠が精力を注いだ大傑作。

以下、ネタバレあり。






おそらく10年弱ぶりの再読です。
拙ブログには登場するのは初めてですが、かつて「斜め屋敷の犯罪」を
アップした後くらいに読んだ作品です。
そして、その後に『挨拶』『ダンス』『メロディ』と短編集を読了しました。

今回、改訂完全版が発売されたことを機に、改めて読んで見ました。
イッキ読みしました(笑)数日で読了。
それだけ圧巻ということです(改めて主張するまでもありませんが)。

御大はかつて「本格ミステリー」とは何か、という問いに対し、
「まず第一に、『幻想味ある、強烈な魅力を有する謎』を冒頭付近に示すこと」、
「第二のそれは、『論理性』、『思索性』である」と述べ、この2つさえあれば、
『本格ミステリー』たり得ると信じる」と記しています(本書解説より)。

この定義が絶対であるとは言いませんが、本書が完璧にまで、この2つを兼ね備えているのは
疑う余地はありません。
特に『強烈な魅力を有する謎』という点では、『斜め屋敷』『占星術』以上ではないかと
個人的には感じます。
そして本書は、この2つに怪奇性まで加味しているという。
御手洗ですら、解けない謎が登場するという、この「人喰いの木」の恐ろしさ。

また、横浜という都会でありながら、金田一耕助シリーズの旧家・名家で起きたような
事件のようにも感じましたが、これは犯人の動機が大きな要因ですかね。

金田一耕助は防御率の低い探偵なんて言われたこともありますが、
個人的には、なんとなく家の因習や風習、村の風習などに縛られてしまった人たちを、
その縛りから解放する役割を果たしているような一面があるのかなあと感じる事があります。

御手洗は本書で、藤並家の人たちを(松崎レオナ)を救うために、そいて家の因習やDNAといった
ものから解放するために、最後に「みんな集めてさて」と言わず、数年間口を閉ざしたのです。

なんというか、探偵とは何か、名探偵の存在とは?みたいなことまで考えてしまいました(汗)

横浜時代の御手洗&石岡コンビの活躍、まだまだ読みたいですね。






改訂完全版 暗闇坂の人喰いの木 (講談社文庫)

改訂完全版 暗闇坂の人喰いの木 (講談社文庫)

  • 作者: 島田荘司
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2021/03/12
  • メディア: Kindle版




posted by コースケ at 23:44| Comment(8) | 島田荘司 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月15日

鳥居の密室 世界にただひとりのサンタクロース

まずはAmazonさんの紹介ページから。

島田荘司さんといえば、知らない人はいないミステリー界の巨匠。毎年繰り出される作品には、
いつも斬新なアイデアと大胆な仕掛けが充満し、デビュー40年を迎えても創作意欲は衰え知らず。
ですが、読者諸氏のなかには、「難しそう」「怖そう」「大御所すぎて何から読んだらいいか迷う」
と敬遠している方もいるかもしれません。しかし、本書には、怖い場面もエグい場面もありません。
殺人事件はありますが、名探偵御手洗潔が事件を解き明かすうちに見えてくるのは、
単なる謎解きではなく……暗い過去にも挫けることなく、次の人生を踏み出そうとする女性や、
哀しいまでに人を想うことの純粋さ。名探偵御手洗の見事な解決に、
温かいものが湧いてくる名編です。

Amazonさんの解説がやたらに優しい文章!
しかし、島田御大の真骨頂は「」で括られている面は当然あるので、こういう
紹介もどうなんだという気もします。
驚天動地のトリック、と使い古した言葉かもしれませんが、それも当てはまる。


元々短編を長編に膨らませているので、やや冗長な感もあります。
ただ、本編で語られるのは過去の事件で、その際の容疑者の回想が大部分を
占めていて、よりその容疑者の心情を理解できるようにはなっていますね。

京都大学在学中の御手洗潔の活躍で、少々トリッキーな姿を垣間見えますが、
上記に書いたように、真相は先に容疑者の回想で明らかにされ、御手洗の推理は
(読者からみれば)それをなぞる形で披露されます。

また「御手洗潔と進々堂珈琲」で登場した「ワトソン役」のサトル再び。
彼は御手洗学生編で登場するんでしょうかね?

ところで、全体を構成する大きな核である「鳥居の密室」
これは実際の京都の場所を見たことがあるかどうかで大きく本書の楽しみ方含め
変わりますね。
私には想像ができませんでした(汗)


鳥居の密室世界にただひとりのサンタクロース (新潮文庫)

鳥居の密室世界にただひとりのサンタクロース (新潮文庫)

  • 作者: 島田 荘司
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2021/02/27
  • メディア: 文庫




posted by コースケ at 17:15| Comment(5) | 島田荘司 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月23日

星籠の海

まずはAmazonさんの紹介ページから。

瀬戸内の小島に、死体が次々と流れ着く。奇怪な相談を受けた御手洗潔は
石岡和己とともに現地へ赴き、事件の鍵が古から栄えた港町・鞆にあることを見抜く。
その鞆では、運命の糸に操られるように、一見無関係の複数の事件が同時進行で発生していた―。
伝説の名探偵が複雑に絡み合った難事件に挑む!

織田信長の鉄甲船が忽然と消えたのはなぜか。幕末の老中、
阿部正弘が記したと思われる「星籠」とは?数々の謎を秘めた瀬戸内で怪事件が連続する。
変死体の漂着、カルト団体と死体遺棄事件、不可解な乳児誘拐とその両親を襲う惨禍。
数百年の時を越え、すべてが繋がる驚愕の真相を、御手洗潔が炙り出す!


久しぶりの更新となりました。このところネットサーフィンしかしてません(笑
『眩暈』も読んだので、他の御手洗シリーズもと思い、本棚を片付けつつ
色々と探していたら、かつて『リベルタスの寓話』を発見。ブログに出てこないはずなので、
その前に読了したのかー。それから短編集も当然ありました。これがまた良いんですよねえ。

とまあそんな話はともかく、『傘を折る女』が映像化した時は驚きましたが、
映画化までするとは思わなかった。
かつての島田御大は御手洗シリーズの映像化は拒否していたのを、何かのあとがきで
読んだので・・・
本書の解説でも少し触れられていますが、映像化の過程を少し知ることができます。

本書は、御手洗潔が石岡和己と組んで解決した、日本での(現時点での)最後の事件。
御大の故郷を舞台に、さらに1994年の物語ですが、現在の社会問題なども絡め、さらに
村上水軍や幕末の開明派と言われた老中・阿部正弘まで登場する、壮大なスケールの物語
となっています。

そのため、最初の御手洗登場シーンでは、変わらずトリッキーさを発揮していますが、
その後は、推理そのものはさすがですが、御手洗の物語というよりも、瀬戸内海の物語、
そこに昨今の様々な社会問題を絡み合わせた、というのが印象です。

小坂井茂や忽那准一、辰見洋子・・・彼彼女たちそれぞれの物語も重厚で、
これらがどう一つの事件に結びついていくのか、ここも読みどころの一つ。

ただし、先少し書いたように、日本で起きた御手洗潔シリーズとして見ると、
些か物足りない。突拍子もない謎、奇想天外なトリック、そんなものが突然登場し、
それをいかに御手洗がトリッキーさを見せつつも、合理的に解決していくのか、
そうしたものを期待してしまうと、肩すかしかもしれません。
ただ、そうした点で本書を読むのはちょっと違うのかもしれませんね。


個人的には石岡さんがあんなに女性に積極的にいこうとしているとは思わなかった(笑




星籠の海(上) (講談社文庫)

星籠の海(上) (講談社文庫)

  • 作者: 島田荘司
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/04/08
  • メディア: Kindle版



星籠の海(下) (講談社文庫)

星籠の海(下) (講談社文庫)

  • 作者: 島田荘司
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/04/08
  • メディア: Kindle版
posted by コースケ at 01:34| Comment(8) | 島田荘司 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月05日

改訂完全版 毒を売る女

まずはAmazonさんの紹介ページから。

娘は名門幼稚園に入り、家も手に入れた。医者である夫の仕事も順調で、
全てがうまくいっているはずだった。あの女があんな告白をするまでは―。
人間が持つ根源的な狂気を描いた圧巻の表題作をはじめ、
御手洗潔シリーズの傑作「糸ノコとジクザグ」からショートショートまで、
著者の様々な魅力が凝縮した大充実の傑作短篇集!


以下、ややネタバレ。


表題作は、大道寺靖子の行動が若干支離滅裂。
いや、パニックになっているのはわかるんですが、ひたすら手作り料理を
持ってくるより、状況を理解して、早く伝えればいいのになあ、と。
それにしても、梅毒ってのはこんなに恐ろしい病なんですね。
今は薬で良くなると思っていましたが、いや現代は治るんですかね?

オススメは「渇いた都市」。最初の場面は最後に繋がるのですが、
偶然てのは恐ろしいのと、完全犯罪というのはやはり難しいという。
田中昴作というか、遊んでない男性が女性に嵌まってしまうのは、良くあるんだろうな・・・
しかし、どうでもいい見栄を張るのはよくわかりませんね。

「バイクの舞姫」は、結局妹の存在も幻だったということなんでしょうか??
あくまで美術館へ彼を導くためだけの存在だったのか。ちょっと謎が残る結末でした。

「糸ノコとジグザグ」は、あの御手洗潔が名前は出ませんが登場します。
あんなトリッキーな人は、彼しかいないでしょう。
演説先生として紹介されていますが、肝心の事件解決の際は、
眠かったので、結論だけ述べたという(笑

「土の殺意」には、御大の双璧をなす吉敷竹史が登場。
これは今でもあり得る話で、固定資産を保有している方々は、
どう節税していくか、本当に悩むところですね。

御大には、短編集をそろそろ刊行してほしいですね。
御手洗潔のダンス、メロディ、挨拶、追憶と刊行されていますが、
ぜひ最新作は御手洗潔の短編集をお願いします。


改訂完全版 毒を売る女 (河出文庫)

改訂完全版 毒を売る女 (河出文庫)

  • 作者: 荘司, 島田
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2020/06/26
  • メディア: 文庫



毒を売る女 (光文社文庫)

毒を売る女 (光文社文庫)

  • 作者: 島田 荘司
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2017/02/24
  • メディア: Kindle版
posted by コースケ at 23:24| Comment(7) | 島田荘司 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月29日

異邦の騎士 改訂完全版

まずはAmazonさんの紹介ページから。

失われた過去の記憶が浮かびあがり男は戦慄する。
自分は本当に愛する妻子を殺したのか。
やっと手にした幸せな生活にしのび寄る新たな魔の手。
名探偵御手洗潔の最初の事件を描いた傑作ミステリ『異邦の騎士』に
著者が精魂こめて全面加筆修整した改訂完全版。
幾多の歳月を越え、いま異邦の扉が再び開かれる。

以下、ややネタバレ。





『ネジ式ザゼツキー』でも記憶喪失の人物が物語の鍵を握っていました。
そして、その頃の御手洗潔は、脳科学の研究者として
スウェーデンにて教鞭をとっていました。
偶然なのか、必然なのかは別として、御手洗潔シリーズ真の第1作で、
記憶喪失の人物が主人公であり、彼の記憶を解きほぐしていくのが
御手洗潔であるというのは、感慨深いものがあります。

主人公は偶然出逢った石川良子を彼女のヒモから助けることで、
彼女の引っ越しを手伝い、そして一目惚れし、彼女との共同生活が始まります。
良子から「石川敬介」と名前をもらい、近くの工場で働くことに。

自分が天秤座であることになぜか確信した敬介は、
「御手洗潔占星学教室」の門を叩くと、そこには・・・
「名前など記号ですよ!」などと突然ハイテンションで喋る男が。
異常に不味いコーヒーを出す。その男・御手洗潔こそ彼の記憶を呼び覚ましてくれる人物の1人だったのです。

この出会いは「敬介」にとって強烈な印象を残していて、読者にも強烈な印象を
与えてます。まさに正真正銘、これが御手洗だと私は思いました(笑

「敬介」は良子とともに御手洗の元を訪れますが、良子は『便所ソウジ』という
御手洗のあだ名話に爆笑しつつも、彼の元を訪れることを暗に拒否しています。
すでに良子には、彼が真実を解き明かす人物であることがひょっとしたら
なんとなくわかっていたのでしょうか。

「敬介」は免許証から自分の本名が「益子秀司」であることを御手洗に伝え、
自分の記憶喪失についての相談も持ちかけます。
御手洗は君は再生障害だと言い、長々と説明しますが、ここにも彼が後に
脳科学研究者となる片鱗を魅せてくれます。
そしてこの場面には、後に御手洗の推理の重要なピースにもなる
ある男も登場します。

自分が誰なのか知るために、免許証へ記された「西尾久」へ向かい、
アパートの住人からさらに情報を得る秀司。
そして、墨田区の一軒家へ赴き、自分には「千賀子」と「菜々」という妻子が居たことを知るのです。
文庫版223頁からの、「千賀子と秀司の日記」の内容は壮絶でした。
読んでいてもあまりの極悪非道ぶりに読むのも辛かったですが、
この手記により、秀司は井原へ復讐を誓い、いざナイフで刺そうとしたところに、なんと良子が現れ、彼女を刺してしますのです・・・

この後、御手洗が登場し、怒濤の展開が続きます。
「いい質問だよ益子君、狂人の夢想では、あそこで君を待てない。これこそ推理というものだよ」
「僕はいつも思うんだ。クイズは、作るより解く方が何倍もやさしいんだ。(中略)古今東西、巧妙な犯罪や事件に真の芸術家がいるとすれば、それはホームズやポアロなんてやからじゃなく、その犯罪を計画し、実行した勇気ある犯人たちだよ。」
これは御手洗の言葉ですが、読んでいて好きなんですよねえ。
推理というものを自身でしつつも、解くよりも考えた人間を褒める。
そしてこの事件でも、天才はただ1人、そう真犯人の名前を彼は挙げるのです。

この御手洗の(時間は空きますが)推理の過程で、「敬介」は様々な感情を御手洗にみせます。
そして、最後に彼の本名が明らかになるときは、本当に衝撃です。
本書を読んだ後、「占星術殺人事件」や「斜め屋敷の犯罪」を読むと、
本書の「敬介」と、その後の彼は同一人物なのか。
本書最後には彼自身がこの事件を振り返る場面がありますが、
御手洗をドン・キホーテと称し、最後に鉄の馬に乗り、颯爽と夜の荒川土手に現れ、とも表していて、彼にとって、御手洗が「異邦の騎士」であるかのような描写です。
しかし、石川良子にとっては、「敬介」こそが「異邦の騎士」だったのです。

ところでこの事件の計画は、最初から綿密に練られていた訳ではなく、
彼の実際の住所と秀司の住所が近似していたという偶然と、彼の鏡を見ることができないという恐怖症の2つから、真犯人が急遽計画したもので、これはまさに天才的な仕掛です。
しかし、記憶が呼び覚まされる可能性もあった訳で、非常に危ない橋を渡っていたともいえます。
ところが、危ない橋というのは真犯人たちの計画が挫折するだけで、最後に犯人が語ったように、
自分自身に火の粉がふりかかることはないという、絶対的に安全な場所を
確保していたというのも、この仕掛けの見事な点でしょう。

ものすごく気になったのは、改訂版前の『異邦の騎士』です。
これはぜひ読んで見たい。
御手洗の天才的な推理や閃きは、『占星術』や『斜め屋敷』と比較すれば、
劣るかもしれません。
しかし、本書は推理小説と恋愛小説の両面を兼ね備え、現在の御手洗シリーズへの繋がりが非常に垣間見え、何より、ホームズ役&ワトソン役の最初の出会い(ネタバレですね)でもある本作は、御手洗ファンのみならず、今更ながらミステリファンにもぜひ読んでほしい一冊。



異邦の騎士 改訂完全版

異邦の騎士 改訂完全版

  • 作者: 島田 荘司
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1998/03/13
  • メディア: 文庫
posted by コースケ at 01:37| Comment(6) | 島田荘司 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月14日

ネジ式ザゼツキー

まずはAmazonさんの紹介ページから。

記憶に障害を持つ男エゴン・マッカートが書いた物語。そこには、蜜柑の樹の上の国、
ネジ式の関節を持つ妖精、人工筋肉で羽ばたく飛行機などが描かれていた。
御手洗潔がそのファンタジーを読んだ時、エゴンの過去と物語に隠された
驚愕の真実が浮かびあがる!圧倒的スケールと複合的な謎の傑作長編ミステリー。

GW中はたくさん本を読もうかと思い、そういえば御手洗潔シリーズで
長編ものはあまり読んでいないなと思い、購入したうちの1冊です。

本書はすでに御手洗が横浜を離れ、スウェーデンのウプサラ大学で教鞭を取りつつ、
脳科学の研究を行っています。
そこへ現れたのが、エゴン・マーカットという記憶に障害を持った人物。
彼の失われた記憶を物語るのは、彼が書いた小説『タンジール蜜柑共和国への帰還』のみ。

御手洗がこのファンタジー小説の記述から、その中の事項と、現実の事実とを
次々と結びつけていくところは流石です。
物語後半の「フランコ・セラノ、ネジ事件」では、担当したラモス刑事との対話から、
この事件の真相に迫っていくのですが、なぜ遺体にネジが組み込まれていたのか?という、
異常な事実を、これまた論理付けて解いていく過程は鮮やか。

この事件の真相を明らかにし、さらに真犯人をも突き止め、エゴン・マーカットが
何者なのかまでを一気に解いていく御手洗の推理は素晴らしいの一言です。

昔からそうなのですが、シャーロック・ホームズ譚のように、人智では説明できないかの
ような不可思議な謎や出来事を、いかに論理的に解きほぐしていくか、
そんな話が大好きなんですよね。
横浜時代のトリッキーな御手洗は全く見られないところが残念ですが、
読み応え十分でした。
そして、本作と対となるといってもよい『異邦の騎士』も近日アップ予定です。


ネジ式ザゼツキー (講談社文庫)

ネジ式ザゼツキー (講談社文庫)

  • 作者: 島田荘司
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2014/10/31
  • メディア: Kindle版



ネジ式ザゼツキー (講談社文庫)

ネジ式ザゼツキー (講談社文庫)

  • 作者: 島田 荘司
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2006/10/14
  • メディア: 文庫
posted by コースケ at 22:08| Comment(6) | 島田荘司 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする