2024年11月01日

俺ではない炎上

まずはAmazonさんの紹介ページから。

外回り中の営業部長・山縣泰介に緊急の電話が入った。「とにかくすぐ戻れ!」
どうやら泰介が「女子大生殺害犯」であるとされて、すでに実名、
写真付きでネットに素性が晒され、大炎上しているらしい。
SNSで犯行を自慢していたそうだが、そのアカウントが誤認されてしまったようだ。
誤解はすぐに解けるだろうと楽観視していた泰介だが、
成りすましは実に巧妙で誰一人として無実を信じてくれない。
会社も、友人も、家族でさえも……。
ほんの数時間にして日本中の人間が敵になり、
誰も彼もに追いかけられる中、泰介は必死の逃亡を続ける。

またまた久しぶりの更新です。

本作、まさに現代社会を見事に表現した、社会派小説といって
いいと思います。
SNSにより、誰もがいつでもどこでも、様々な情報に触れることができ、
また発信することができ、そして気付かないうちに犯罪にも巻き込まれる。
そんなことはあり得ないとは、もはや言えない世の中なのです。

山縣泰介を襲った悲劇は、誰にでも起こりうる日常に、今やなっているのだと、
改めて本書を読んで感じました。

インターネット普及の始まりからADSLくらいの頃には
ネットリテラシーなんて言葉もありました。
しかし、SNS、スマホの登場で、もはや歯止めが効く状況ではなくなったんでしょうね。
いやはや恐ろしい。

本書でも一気にSNSが拡散する描写、私人逮捕系Youtuber、さらには
泰介自身が知らなかった(というより無意識にしていた)自分の行い、
さらにはそれを通じた家族との接し方等々、様々なものが、ほんの数日(2日間くらい?)
で一気に起こります。

泰介パートの話は、特に逃亡劇が始まってからは、映画「逃亡者」を
思い出しました。私人逮捕系Youtuberからの逃亡は実にお見事。
ショールームまでの逃亡劇はとにかく見逃せ、いやいや読み逃せません。

最初に登場するシーケンの青江さん、この人は鋭い!
書き込みの癖から、泰介が犯人で無いと信じ、車まで貸すという。
泰介が彼にしてきた事を抜きに、まだこういう人も居るんだと、少し安心
させてくれる場面でもあります。

で、本書にはある叙述トリックが仕掛けられています。
「からにえなくさ」、セザキタクヤ、一体誰が、泰介の名前でアカウントを作成し、
殺人現場をアップしているのか?

個人的に一番のツボは、泰介の容疑が晴れて、会社へ出勤したとき。
20代の若手たちの言葉。
「山縣部長が移動された距離、今朝のニュースで報じられてました。びっくりしました。
どこか気合いや根性という言葉を馬鹿にしていた自分が今では恥ずかしいです。本当に
凄い人(後略)」

これ、前時代的な泰介の態度を、今回の逃げた距離(逃げ方含めてかも)で、
本人は本当に凄い人なんだと、思い直した場面なんですが、
泰介からみて、これが褒められているとは捉えられんだろう(笑)
客観的にみても、警察とかの目をかいくぐって、そんな逃げたの!?
あの人本当にスゲー!、という風にしか読めませんでした(笑)

ある意味、あれだけの冤罪・炎上に巻き込まれるより、逃げた距離で
見直すという、今の若者の、何というか、そこに感心?というのを描いたのかと、
ある種の風刺なんではないかと思いました。

当然ながらこの時の泰介は、自分のこれまでの行いを恥じているので、
この言葉なんて耳には入ってこずでしたが、いやいや、何言っているんだと。

ネット上の手のひら返しはともかく、リアルな人間関係の人たちの手のひら返しは
どう感じるんだろうかと、この時の泰介にはそんなことはもう関係ないんでしょうが、
実際どう思ったんだろうな・・・。

現代社会の抱える問題に見事に切り込みつつ、しっかり本格ミステリでもある作品。
流石です。


俺ではない炎上

俺ではない炎上

  • 作者: 浅倉秋成
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2022/05/19
  • メディア: Kindle版



posted by コースケ at 00:38| Comment(1) | 浅倉秋成 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年10月22日

六人の嘘つきな大学生

まずはAmazonさんの紹介ページから。

成長著しいIT企業「スピラリンクス」が初めて行う新卒採用。
最終選考に残った六人の就活生に与えられた課題は、一カ月後までにチームを作り上げ、
ディスカッションをするというものだった。全員で内定を得るため、
波多野祥吾は五人の学生と交流を深めていくが、本番直前に課題の変更が通達される。
それは、「六人の中から一人の内定者を決める」こと。仲間だったはずの六人は、
ひとつの席を奪い合うライバルになった。内定を賭けた議論が進む中、六通の封筒が発見される。
個人名が書かれた封筒を空けると「●●は人殺し」だという告発文が入っていた。
彼ら六人の嘘と罪とは。そして「犯人」の目的とは――。

怒濤の伏線回収に驚嘆の声続出! 青春ミステリの傑作が、ついに文庫化!



少しネタバレ。



これは傑作です。
ミステリの定番である「フーダニット」、本作では誰が会議室に封筒を持ち込んだのか?
この謎が最初にあります。

次に「ホワイダニット」、「スピラリンクス」の最終選考に残った学生たちの
最後のディスカッションに挑む前まで描かれる中、時折「幕間」のように入る、
関係者へのインタビュー(聞き取り)。
これがこの「ホワイダニット」に繋がります。
犯人はなぜ、封筒を持ち込んだのか?

主人公は波多野祥吾から、嶌依織にバトンタッチされ、
小説内の「And then-それから」で、依織が真犯人を追うことに。

ところが、真犯人が明らかになってからも、物語は続きます。
それは、嶌自身への告発された「封筒」の中身は何だったのかを
嶌自身が確かめるために。

そして、もう1つが本書の愁眉なのですが、この「嘘つきな大学生」という
タイトルが、大きな仕掛けになっているんですね。

「就職試験」とインタビューで明らかにされた、4人の人柄。
「And then-それから」でさらに深掘りされた、いや波多野祥吾が深掘りした4人の人柄。
ここに大きな乖離が生じているのです。
これが非常に上手い。
「嘘つき」と、自らが嘘をついていた訳では無く、前半の地の文と後半の地の文を
合わせて浮かび上がる、彼彼女たちの人柄が、実に巧妙に描かれるんですよね。

そして嶌自身の抱えている謎とハンデも。
さすがに嶌視点なので、この謎はわかりませんでしたが、
これが明確になった時に、上記の人柄が上手く浮かび上がる構造になっていて、
いや、すごい構成ですね。

そして波多野祥吾自身の人柄も当然描かれました。
ほぼ完全に良い人的な描かれ方、見方をされてきた彼にも、その表裏があるというのを
ある種最後に書いたんだなと。
それは他の4人とそこまで違いはないんだというのを書きたかったのでは無いかなと。

トリックというか、封筒の謎について。
普通に考えると、封筒を置くことで、自分が内定を勝ち取りたいがために
行ったと、誰もが考えるはずです。
しかし、本書のこの封筒は、実はそれが目的ではないというのが巧妙なところ。
そのため、犯人を絞るのが極めて難しいのです。

単行本が出て、『このミス』等で見たときから読みたかった作品で、
しかも内容的にも余りに見事な作品で、幸せなひとときでした。



六人の嘘つきな大学生 (角川文庫)

六人の嘘つきな大学生 (角川文庫)

  • 作者: 浅倉 秋成
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2023/06/13
  • メディア: Kindle版



posted by コースケ at 20:17| Comment(1) | 浅倉秋成 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする